2023年のトピックス
養鶏におけるアニマルウェルフェアの直近の情勢
2024.01
1960年代にアニマルウェルフェア(以下:AW)の考え方が欧米で提唱されて以降、その取り組みは世界的な広がりを見せています。近年では、日本国内でも国が主体となり、AWに配慮した家畜の飼養管理指針が取りまとめられるなど、一層注目が集まっています。今号では、養鶏分野におけるAWについて解説するとともに、AWが国内の採卵養鶏業に及ぼす影響について考えていきます。
養鶏研究室
快適性に配慮した管理 欧米はケージフリー化進む
アニマルウェルフェア(AW)とは、動物を「感受性のある存在」と捉え、家畜にとってストレスや苦痛が少なく、行動欲求が満たされた健康的な生活ができる飼育環境を目指す考え方を指し、欧米を中心に世界中に広がりを見せています。
私たちが養鶏におけるAWについて考える場合、そもそも鶏の行動欲求とは何か?について知る必要があります。
鶏は、(1)巣の中で産卵する、(2)地面を嘴で突き、爪で土を掻き餌を探す、(3)止まり木に止まる、(4)砂浴びをする等の本能的行動欲求を有していますが、これらの行動を可能にする設備は国内の一般的なケージ飼育の養鶏場には設置されていません。
一方で、世界の状況に目を向けると、欧州やオセアニアでは、鶏の行動欲求を満たす設備を兼ね備えた平飼いや放し飼いが浸透しています。このような飼養方式は、北米にも徐々に広がりつつありますが、南米や日本を含むアジアではケージでの飼養が大半を占めているのが現状です(図1)。
日本のAW飼養指針 国が策定し、普及に注力
これまでは国ではなく、民間団体である(公社)畜産技術協会が「AWの考え方に対応した飼養管理指針」を発出していたに過ぎませんでした。そこで、2022年5月に農林水産省はWOAH(旧OIE:国際獣疫事務局※1)の「AWや国際貿易に関する国際基準」に基づき、「畜種ごとの飼養管理等に関する指針(案)」を提示し、パブリックコメントを経て、2023年7月にAWに関する新たな国の指針を策定しました。これは日本として、AWを求める国際的な声に対応するものであり、畜産物の輸出拡大を図ることも目的とした取り組みです。
指針の内容としては、欧州で普及しているようなバタリーケージ飼育をただちに禁止する内容ではなく、今ある飼育システムの中で、鶏をよく観察し、ストレスや疾病リスクを最小限に抑えるよう明示した内容となっています。新たな指針の内容は、国内の養鶏経営をただちに圧迫するようなものではないものの、留意すべき点がない訳ではありません。
その中のひとつに「誘導換羽を行う場合は24時間以上の絶食は避ける」ことが推奨されており、現状では全ての生産者がこのことを順守できているか疑問です。今の所、これらの指針には法的拘束力はありませんが、今後は補助事業のクロスコンプライアンス※2の対象となる等、国内のAWの普及・拡大に向け、国として力を入れていることが窺えます。
養鶏経営への影響 コスト・価格増で買い控えも
図1のように、ケージ飼いが一般的である日本では、ケージフリーへの移行はハードルが高く浸透しにくい状況にあります。ケージフリーへの移行にあたり、システムの導入に掛かるコストや巣外卵の集卵にかかるコスト、管理・運営に掛かるランニングコスト等を考慮していくと、農場での生産コストは現行のバタリーケージを基準にして、エイビアリー※4で1.7倍、平飼いで2.4倍となることが報告されています(表1)。
そのため、飼育システムを変更することは、最終的に卵の販売価格の上昇にもつながるといえます。価格が上がると卵の買い控えも想定され、生産者の経営に深刻な影響を与えかねません。
飼養成績についても、平飼いにした場合、ケージ飼いよりも運動量が多くなり摂食量の増加がみられ、飼料効率が悪化するほか、鶏同士の突き合いが発生しやすく生存率が低下することも報告されています(表2、表3)。
消費者理解が不可欠 まずは目先のことから改善を
以上のことから、今後、国内でも欧米のようにケージフリー化にシフトするには課題も多く、生産コストに見合った小売価格の形成や増加する生産コストの社会全体での吸収など、養鶏場の採算性を維持するために、多くのことに目を向ける必要があります。まずは、鶏にとってストレスなく快適に過ごせる飼養環境(飼育密度等)を確保し、新鮮な空気、餌、水を供給するといった目の前のことを徹底することが重要であることは言うまでもありません。
※1 別名で世界動物保健機関としても知られている
※2 補助金を支出する際等において、別の達成要件を求めること
※3 止まり木や巣箱を備えたAWに配慮したケージシステム
※4 多段式のケージフリーシステム
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