酒井ピッグファーム
西日本豪雨を乗り越え規模拡大 SPF認定活かし、生産性向上へ

2022.04

 愛媛県鬼北町にある酒井ピッグファームは、地域に大きな被害をもたらした2018年の西日本豪雨を乗り越え、規模拡大を進めている。昨秋には高度な管理が求められるSPF豚農場の認定を受けた。3月には法人化して更なる高みを目指す。

酒井ピッグファームと関係者の皆さん

酒井ピッグファーム
繁殖農場:愛媛県北宇和郡鬼北町大字出目2531-2
肥育農場:愛媛県北宇和郡鬼北町久保255
従業員:6人
飼養頭数(母豚除く):2592頭
創業:1950年

水害で農場にダメージ リース型豚舎活用で再起へ

 現在の肥育農場の場所で一貫経営をしていた当時、代表を務める2代目の酒井栄一さん(61)と長男で3代目の庸裕さん(35)は、大雨への警戒のために豚舎に泊まり込んでいた。翌朝になり、山の水が流れ込む近くの小さな川から「大きな岩がゴロン、ゴロンと転がってくる音を聞いた」(庸裕さん)。身の危険を感じてすぐに栄一さんとともに避難した。

 「自分たちが逃げるので精一杯だった」という2人は約2時間後、農場に戻った。山からの土砂や川からの濁流が流れ込んでいた。幸い豚への被害はなかったものの、庸裕さんは「あふれ出た川の水で豚が泳いでいた状態。壁には豚がもがいた跡が残っていた。豚糞処理に使うモーターなど機械類は水に浸かって使えなくなり、老朽化していた旧農場の施設が大きなダメージを受けた」と振り返る。今後の経営をどうするか。検討する過程で浮上したのが、リース型豚舎を活用した基盤強化だった。

中央が長男で3代目の酒井庸裕さん、
三男の駿さん(左)、父・栄一さん(右)

「スリーセブン方式」の導入で母豚が旧農場の1.5倍に

 整備は国の畜産クラスター事業やJA全農えひめの畜舎賃貸事業を活用して進めた。繁殖農場は、全農えひめが所有していた、特定病原菌不在豚(SPF豚)の認定を既に受けている種豚センターを改修し、自動換気管理システムを導入した。20年5月に母豚を導入し、同年11月に分娩を開始。飼養管理は母豚を7グループに分けて3週間隔で交配・分娩・離乳する「スリーセブン方式」に変えた。6棟あり、責任者の庸裕さんを中心に4人が母豚272頭、雄豚10頭を飼養する。種豚センターでの勤務経験者による継続サポートもあり順調に始動し、母豚は旧農場に比べて1.5倍になった。

 一方、21年4月に稼働したばかりの肥育農場は、一貫経営をしていた場所をかさ上げして新たに整備した。肥育農場が完成するまでの期間は鹿児島県に出荷していたが、完成後は10km離れた繁殖農場から豚を移して出荷まで育てている。「本来は繁殖農場と肥育農場を1カ所にまとめたかったのが本音」。栄一さんはこう明かす。

 ただ、豪雨被害からの再建へ、SPF豚農場として認定されていた繁殖農場の施設の特徴を生かした経営にかじを切った。栄一さんと妻が肥育を担う農場は、21年9月にはSPF豚農場として認定された。

衛生的な飼養管理を徹底 呼吸器系治療や事故率減る

 養豚農場では衛生対策が重要だ。全国的に見ると、農場によっては豚呼吸器の複合感染症により事故率が上昇する事例もあり、それを減らすために衛生的な飼養管理の徹底が求められる。獣医師の資格を持つ栄一さんは、「高い衛生管理を実現した新農場では、旧農場に比べて呼吸器系の治療をすることがなくなった」と話す。庸裕さんも「事故率が大幅に下がったことから豚の増体(体重増加)スピードも上がった」と説明する。

 こうした営農スタイルの変化を見てきたのが20年11月にUターン就農した三男の駿さん(27)だ。「動物が好きで、豚とかかわり触れ合うのが大好き」と話す。就農して1年が経過し、現在は庸裕さんから繁殖農場での仕事を学ぶとともに、両親が担う肥育農場への応援にも駆けつける。庸裕さんは「一緒に仕事をできることは心強く頼りになる。なくてはならない人材」と期待する。

こだわり餌の肥育奏功 「産直PHF豚」に根強いファン

 こだわって育てた豚の肉は「産直PHF豚」や「ふれ愛・媛(ひめ)ポーク」などとして流通する。このうち酒井ピッグファームで育てた豚の肉として出回るのは「産直PHF豚」と銘打った肉で、消費者からの評価も高い。

 愛媛県松山市にあるコープえひめ束本店では、販売する豚肉の主力が「産直PHF豚」だ。酒井ピッグファームを含めて契約農家3軒が肥育した豚を対象としており、収穫後に農薬を使わず遺伝子組み換えではないトウモロコシや国産の飼料用玄米、竹酢液に加え、小麦や愛媛産ミカンのジュースかすなどを配合した専用の飼料を与えて育てたのが特徴。酒井ピッグファームもこれに準じて豚に給餌し肥育する。飼料用米で甘みのある脂質ができるのに加え、竹酢液の効果で臭みを少なくすることができるという。

SPF豚農場の認定を受けた繁殖農場。全農えひめが所有していた種豚センターを、畜舎賃貸事業を活用して改修した
チーフの城戸さん

 店舗ではロースにバラ、肩ロース、ヒレ、モモ、ウデの部位を販売するが「色はもちろん、肉質も引き締まっており他産地の豚肉とは違う」と同店は指摘する。他産地の国産豚肉と一部輸入品も取り扱うが、1日の販売数を見ると売れ行きが最も良いのが「産直PHF豚」。昨年12月の時点で「1日あたり平均7 00パックで、他の豚肉商品に比べても1.2倍ほど」(同店)の勢いが続く。

 人気が高いのはなぜか。生産者の顔が見える安全・安心が商品の強みの1つになっていると見られる。目印として貼るシールで酒井さんをはじめ契約農家を紹介。更に実際に食べて味の魅力にひかれてリピーターになる人が増えているという。店舗だけでなく、共同購入を利用して「産直PHF豚」を楽しんでいる根強いファンもいるようだ。

 実際に酒井ピッグファームも豚肉の評価を耳にすることがある。「友人の先輩がうちの肉を食べたところ、においが少なく子どもも喜んで食べるようになったといっていたと聞いた」(庸裕さん)という。新型コロナウイルスの感染が広がる前は、実食販売やコープ組合員を交えた農場説明会、近隣の小学校でのICT(情報通信技術)を使った農場中継などの食農教育に取り組んできた経験もある。しかしコロナ禍では、小売店のPRなどが頼りだ。

 売り場でも底堅い需要があることを実感している同店は「安定出荷をしていただけるように産地を維持してほしい」と要望。消費者理解の一層の推進のため、産地見学の重要性をあらためて強調する。

若手生産者のシールが貼られた「産直PHF豚」のパッケージ
「産直PHF豚」を応援するコープえひめ束本店の精肉コーナー

「守り発展させるのが使命」 法人化で次代にバトンつなぐ

 繁殖農場と肥育農場を連動させた本稼働から4月で丸1年になる。生産性向上へ、JAグループとともに2カ月に1回の頻度で検討会を開く。繁殖農場の責任者を務める庸裕さんは「JAグループの多くの応援をいただき、慣れていないスリーセブン方式の経営基盤を構築することができた」とした上で、「今後は繁殖成績を向上させるのが課題の1つ」と先を見据える。自家採精にも挑戦する中、生産技術の更なる向上で、今後の年間出荷頭数は7200頭を目指す。栄一さんも「全国トップクラスの数値を出していくのが目標」として、母豚1頭あたりの年間出荷頭数27頭を掲げるとともに、後継者への期待を込める。

 年明けに、創業者の祖父が89歳で亡くなった。庸裕さんは「祖父が築いてきた養豚をこれからは自分たちが守り、発展させていくことが使命。じいちゃん孝行になると弟(駿さん)と誓った」と思いを強める。今春には法人化し、栄一さんのバトンを受け取り代表に就く。栄一さんは「まずは家族や従業員が仲良く楽しく働ける環境をつくって進んでほしい」とエールを送る。

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