千屋牛生産者×JA晴れの国岡山×JA全農おかやま×JA西日本くみあい飼料
和牛のルーツ「千屋牛」 維持・拡大へ産地で盛り上げ
2022.04
和牛のルーツとされる「千屋(ちや)牛」の発祥地、岡山県新見市で銘柄牛産地の維持・継続へ畜産農家やJAグループが一体となって取り組みを進めている。
地元のJA晴れの国岡山は繁殖・肥育農場を運営、農家から育成預託も受けて生産をサポートする。
地域の農家との連携や消費者の支えが大きな原動力となっている。
千屋牛とは新見市が発祥とされる国内最古の蔓(つる)牛(優良系統牛)「竹の谷蔓」の系統を引く黒毛和種だ。体格がよく、足腰が丈夫で、資質品位に優れ、繁殖能力も高いことから全国に広がり、和牛ブランドのルーツとなった。江戸時代から続く歴史と伝統を守りながら、改良が重ねられてきた千屋牛は、岡山県内でも優良な肉質の和牛として知られており、ほど良い霜降りと赤身が特徴。年間の生産頭数は少なく、希少価値も高い。JA全農おかやま畜産部の難波智明さんによると、県内の銘柄牛の中でも「歴史があり認知度は高い」という。
肉質へのこだわり 育ちはJA直営牧場
新見市を走る国道180号沿いにある、JA晴れの国岡山直営の「焼肉 千屋牛」(同市正田)はその名の通り、「千屋牛」をメインに取り扱う焼肉店だ。新型コロナウイルスの影響で営業時間を短縮する期間などもあるが、県内外からリピーターが多く訪れ、週末には90席が満席になるほどの人気を集めている。
店を切り盛りする池田克さん(42)は「やわらかくて美味しい肉の提供にこだわっています」と説明。食べた来店客からは「他では味わえない美味しさ」などの声が上がる。
コロナ禍で焼肉弁当や牛丼など、持ち帰り商品の注文も多い。コロッケなどの総菜の人気も高く、新規客の掘り起こしにもつながった。原料となる地元産の「千屋牛」の肉は、市内の「Aコープあしん店」に発注して仕入れている。元をたどればいずれも同JAが運営する繁殖・肥育牧場で育った牛だ。
同JA直営の牧場は繁殖2カ所、肥育2カ所の計4カ所ある。現行の体制になったのは2018年度からといい、繁殖から肥育までの一貫生産を手がけて生産基盤の確保に力を入れる。
系統牧場と市場から子牛導入 繁殖農家を買い支える努力も
販売される「千屋牛」は、①新見市内で繁殖・肥育、②岡山県内で生産された子牛を導入し、同市内で18カ月以上肥育――のいずれかを満たすのが条件。JA直営の肥育農場である千屋肥育センターと田淵農場では、同JA直営の繁殖農場2カ所からの導入をメインとし、岡山県内の市場からも導入している。
JA晴れの国岡山営農部畜産課新見畜産事務所の植木博信副課長は「地元の繁殖農家が育てた子牛をできるだけ導入するようにしています」と語る。「千屋牛」の古里を守り抜くための生産基盤の維持にもつながる。
千屋牛を肥育する際の餌には、安全を重視して選んだ岡山県産稲わらや新見市和牛改良組合が認めた肥育専用の配合飼料などを活用する。
肉質改善に向けては、JA西日本くみあい飼料をはじめとする関係機関と連携し定期的に検討会を設け飼養技術を高めるほか、地域の畜産農家との連携も大切にする。田淵農場の場長を務める川上泰輝さん(49)は「牧場近くの畜産農家に肥育に関する助言をもらうなど頻繁に情報を交換しています。他に負けない肉質の銘柄牛を育てるという目標が同じためです」と説明する。
ベテラン農家が若手育成 育成預託担い、地域支える
井倉牧場(新見市法曽)は、肥育素牛となる子牛を育てる繁殖農場の1つで、2018年度からJAが運営にかかわっている。
現在は場長を務める藤井孝則さん(22)ら従業員が3人勤務している。午前7時半から始動し、「子牛が体調を崩さないよう、少しも目が離せない」(藤井さん)と忙しい日々を送っている。
牧場はもともと、過疎・高齢化にともなう繁殖農家や「千屋牛」の減少に歯止めをかけようと、地元の農家が中心になって立ち上がり、生まれた子牛を預かる牧場としてスタート。安定した肉用牛経営ができる生産基盤の確保を目指した。
現在も母牛の管理を中心に担うベテランの小川軍紀さん(81)は長くこの牧場で責任者を務め、妻とともに運営していた。しかし、年齢や次代につないでいくことを考慮し、JAに運営を託す判断をした。
牛舎には現在、母牛はJAが所有する約50頭と、小川さんが飼養する38頭がいる。このほか、井倉地区の繁殖農家から預かる分も含めて哺育・育成牛が約70頭おり、地域の農家を支える役割も果たす。「繁殖は簡単なようで難しい。母牛は1年1頭の子牛を産めるといわれるが思うようにはいかない」と明かす小川さん。「自分の牛だけでなく預かった牛を育てるというのは本当に大変。本気で繁殖に携わる気持ちがなければ続きません」と強調する。
藤井さんは従事して丸3年だが、地元・県立新見高校の出身で牛の管理なども経験、新見地域に伝わる調教の技「碁盤乗り」にも挑戦したことがある。実家でも牛を飼っていたものの、牧場に入った当時は分からないことばかりだった藤井さん。「小川さんをはじめ近くの畜産農家やJA西日本くみあい飼料など皆さんに知識や技術を教えてもらっています」と振り返る。
そんな中、育てた牛が昨年、枝肉共進会で賞を獲得した。「理想の牛にする種付けのポイントが分かったような気がします」と話す藤井さんの目標は、家畜人工授精師の資格を取ることだ。「牛飼いとして若い世代がもっと入ってきてくれたらうれしいです」と期待する。
地域が一丸となって 千屋牛の維持・拡大へ
「千屋牛」を代々守り継いでいる畜産農家の思いは更に熱い。産地を守ろうと活動する「新見市和牛改良組合」で組合長を務める江田英明さん(72)は繁殖農家の3代目だ。勤めていたJAを退職した後、義父の後を継いで繁殖に乗り出した。あわせて、改良組合としては、和牛を飼い慣らす伝統的な調教技術を後世に残す活動を地道に進める。
現役時代から畜産にかかわる機会が多かった江田さんは「今度は地域に恩返しをしたいとの思いを強く持っています。千屋牛を守るには行政や地元のJA晴れの国岡山、JA全農おかやまなど関係機関との連携が大切。若手を巻き込んで盛り上げていく機運をつくりたいと考えています」と力を込める。
新見市千屋で繁殖・肥育の一貫経営をしている峠田一也さん(65)。家畜人工授精師だった父の背中を見て、獣医師の資格を持つ3代目として繁殖牛20頭、肥育牛40頭を飼養する。峠田さんが一貫経営にこだわる理由の1つは、相場に影響されない経営をするためだ。子牛は井倉牧場に預けることもある。
一方で、獣医師として新見市の繁殖・肥育農家を巡回し、地域で育つ牛の健康を守る。「千屋牛」を残したい、残さなければならないとの強い思いが突き動かす。しかし、農家の減少は続いている。峠田さんは、千屋地区でも「20年前の10分の1程度になってしまった」と打ち明ける。千屋牛全体の出荷頭数を維持・拡大していくためにも「地域が一丸となり本気で取り組むことが重要です」と強調する。
標高400~700mという環境を活かし、さかのぼれば夏は放牧、冬は各農家の畜舎で飼養される「夏山冬里方式」で育ててきた。「千屋牛」の生みの親とされる先人の太田辰五郎に触れ、「住民の暮らしが少しでも豊かになればと願って投資し、牛の改良を始めたと聞いていますが、先見の明がありました」と話す峠田さん。「千屋牛が地元からいなくなったら語る資格はない。一生をかけて守るのが仕事だ」と、地域の宝を守り続ける覚悟だ。
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