株式会社岩手ファーム×JA全農北日本くみあい飼料(株)×JA全農たまご(株)×JA全農
「米たまご」で水田維持へ コロナ以降、定番商品に定着
2023.02
配合飼料の半分を飼料用米に置き換えた卵「米たまご」が昨年来、首都圏のスーパーで注目を集めている。米たまごを販売するJA全農たまご(株)によると、新型コロナウイルス感染症拡大以降、環境や国産飼料への関心の高まりから、特にエシカル消費(※)に関心の高い層に人気だという。米たまごを生産する岩手県盛岡市の(株)岩手ファームは、地域の水田を維持し、飼料自給率を向上させたいと10年以上にわたり飼料用米の生産に取り組んできた。そして鶏の疾病に備えた先進的な防疫対策にも取り組み、鶏卵の安定した流通を支えるべく努力を続けている。生産者と卸、スーパーがタッグを組んだ卵は、国産志向と安全・安心を求める消費者の支持を受けて、羽ばたこうとしている。
今回は米たまごが生まれた背景とともに、家畜疾病の発生を防ぐための先進的な防疫対策についてもあわせて紹介したい。
(※)人・社会・地域・環境に配慮した消費行動
■本記事では進んだ農場防疫対策を紹介しています。
取材は飼養衛生管理基準を遵守し家畜防疫に配慮して行いました。
【取材協力】
株式会社 岩手ファーム
岩手県盛岡市下田字生出731-7
首都圏で高い評価50円高でも売れ行き好調
全農たまごは、岩手ファームが生産した「米たまご」を生協や首都圏のスーパーマーケットに出荷・販売している。スーパーの後押しもあり、売り場面積も広く良い位置の棚を確保。配合飼料の主原料を国産の飼料用米としたことから消費者の評価が高く、売れ行きは好調で、取り扱い店舗数も年々増加している。全農たまごは「通常の卵よりも50円程度高めの値段設定になっており、当初は売れるか不安視されていた。だが、エシカル消費に関心がある首都圏の消費者や実需者から評価されており、ニーズは高まっている」と実感する。
全農の特許技術と中村会長の熱い思いが一致
JA全農は、飼料用米の作付け拡大に合わせて飼料用米を最大限活用した飼料の研究を始めた。鶏は生の米粒をそのまま消化できるが、実際に鶏の飼料に米をたくさん配合すると自動給餌機での餌詰まりや生産成績のばらつきなどが課題となった。そこで全農とJA全農北日本くみあい飼料(株)が協力して新たな技術を開発。2022年には飼料用米を多く配合する飼料製造技術の特許を取得し、これまで採卵鶏の飼料の半分を占めていたトウモロコシを飼料用米に置き換えるめどが立った。
一方、東北トップクラスの採卵鶏農場、岩手ファームの創業者であり、現在は会長を務める中村光夫さんは、岩手山のふもとで豊かな自然とともに養鶏を営みながら、地元の水田が減っていくことに危機感や寂しさを感じていた。そこで、水田を維持するため、2006年から周辺農家とともに飼料用米の作付け拡大に力を入れ始めた。中村会長は「戦後の食糧難を経験した者として、地域の水田が荒廃していくのを見るのは悲しかった。田んぼを飼料用稲生産に活用すれば、食料自給率向上にもなる。鶏にも地域の農家のためにもなる」と話す。全農たまごを通じて2008年から、飼料に飼料用米を10%配合した卵を生協に販売してきた。
そんな中、「もっと飼料用米を使い、地元の水田、農業を守りたい」(中村会長)との熱い思いと、全農が開発した特許技術を受けて、配合飼料の半分を占める穀物(トウモロコシ)を全て米に置き換えた卵にも注力することを決意。卵は全農たまごが米を前面に打ち出した商品として2020年4月から首都圏で販売を始めた。
80haに鶏舎分散防疫対策を徹底
岩手ファームは、敷地面積約80haとかなりゆとりのある広さで、防疫面でのリスク対策として、育成舎14棟、採卵鶏舎74棟などを分散して配置。成鶏飼育羽数216万羽、鶏卵年間出荷数6億1300万個と、東北トップクラスの規模を誇る。中村会長は「地球温暖化で気温上昇が懸念される中、夏でも涼しく、飼料の食べ具合もあまり変わらない。鶏の体調が良いので卵の品質が年間を通じて維持できている」と話す。
「鶏が健康で快適に生活できる環境づくり」を信条とし、ケージ内の飼育羽数を少なくすることで、鶏のストレスを軽減。中村徹社長は「ゆとりをもって飼育し、1羽1羽を大切に飼育している。しっかりと食べることで鶏がみな健康になり、個体差が少なく、卵の品質が安定する」と話す。
岩手ファームの安定経営、成長を支えてきたのが、徹底した防疫対策だ。現在、全国で流行している鳥インフルエンザを防ぐための防疫対策に正解はまだ見つかっていない。だからこそ常識や前例にとらわれず、思いつく限りの防疫対策を行っている。
細菌繁殖の原因となる鶏の羽根や糞、ホコリなどの有機物がたまらないように、鶏舎に天井を設けていないのも特徴の1つ。ヒナを入れる鶏舎は30日かけて水洗い、消毒、乾燥を徹底的に行い、細菌がない環境にする。他の鶏舎も衛生管理を徹底している。給水、給餌、集卵、集糞は自動で、湿度や温度などの空調管理も全てコンピューターで制御。トンネル換気システムで換気量をコントロールし、常に鶏舎内の空気を入れ替え、清潔で澄んだ状態に保っている。
そして農場の安全性確保を象徴するのが、全国でも類を見ない大きさの、入り口にそびえたつ格納庫のような大型車両洗浄庫。高病原性鳥インフルエンザなどの感染を防ぐために設置した、日本でここにしかない特注品だ。高さ8.8m、横幅7m、奥行25m、中には大型車用の門型洗車機があり、車の両サイド、下まわりを徹底洗浄する。車両の大きさを測るセンサー付きで、車種によって自動的に洗車箇所が変わる。入場する車両はこの施設で洗浄した後、5カ所ある農場入り口の消毒ゲートを通過して農場内に入る。動力噴霧器を使って人力で洗車していた時に比べて、かなり消毒の効果が高くなり、手間も減ったという。
ほかにも地域の農家の協力で、冬場は使用しない貯水池の水を抜き、渡り鳥の飛来を防いでいる。また、社員・作業者は鶏舎内に入室する時に作業服、履物の履き替え、手指・靴の消毒を徹底。渡り鳥生息地は日頃からさけて行動し、農場内での異常など、気づいたことはすぐに報告するようにしている。
中村社長は「今やれる限りの対策を徹底している」と話す。北日本くみあい飼料の担当者も「ここまでさまざまな取り組みが徹底できている農家はなかなかいない」と評価する。
鶏糞堆肥で循環型農業美観意識し、桜1000本植樹
地域の農家と連携した飼料用稲栽培は徐々に広がっている。現在110戸の農家と契約し、180haで栽培。年間1200tが供給されている。
また、岩手ファームは、鶏糞を有機肥料として農地に還元する循環型農業にも積極的に取り組んできた。鶏糞は年間8万t発生するが、場内の有機工場で全量堆肥化し、堆肥約2万tを製造。製造期間によって中熟堆肥と完熟堆肥があり、飼料用稲を栽培する水田のほか畑作、牧草地でも使用されている。中村社長は「鶏糞堆肥は稲作には向かないという意見もあった。それなら安心して使えるものにしようと、農家の評価を得ながら開発してきた」と話す。
食品産業として、地域からの目も気にしてきた中村会長。1977年と95年に有機工場を建設して鶏糞処理を改善し、今は敷地のどこにいても悪臭は感じられない。更に、農場内には約1000本の桜やツツジなどが植えられ、春から6月には美しい花が咲き誇り、自然と調和した公園のような景観が広がる。中村会長は「食品産業として、卵をつくるメーカーとして養鶏場のイメージを変えたかった。美しい環境で健康な鶏を育てる。その思いをつなげていきたい」と夢を語る。
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