山梨県甲斐市 小林英輝さん
特産のブドウを飼料に活用 地域一体のブランド強化を目指す
2024.04
有限会社小林牧場
代表取締役社長:小林 英輝さん
住所 :〒400-1121 山梨県甲斐市上芦沢1339
飼養頭数 :甲州ワインビーフ(F1)1200頭
甲州牛(黒毛和種)200頭
年間出荷頭数 :甲州ワインビーフ600頭
甲州牛100頭
作業従事者 :9名
農地面積 :4ha
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ブドウ生産量日本一の山梨県で、ブランド交雑牛(F1)として知られる「甲州ワインビーフ」。餌に、ワインを作る過程で出るブドウの搾りかすを与え、牛ふん堆肥を果樹などの生産に生かす耕畜連携で生産する。同牛のブランド化に40年近く取り組み、県内一の出荷頭数を誇るのが甲斐市の小林牧場だ。敷地内の堆肥センターで年間約8000tの堆肥を生産し、直営販売店でブランドを普及する。社長の小林英輝さん(47)は創業から三代目。飼料用米の活用など地域一体のブランド強化を一層進め、畜産を軸にした地域農業の発展を目指す。
標高1100m 山々の恵みを生かした飼養環境
小林牧場は、甲府盆地の北部、山並みに囲まれた標高1100mの平見城地区にある。なだらかな斜面に15棟の牛舎が並び、澄んだ空気の中、約1400頭の牛が、ミネラルを豊富に含む山の伏流水を飲んでのびのびと育つ。
「牛肉の味を決めるのは第一に水、次に餌です。水のきれいなこの地域の牛はおいしい。それを知ってもらうためにブランドを育てることが重要なんです」と小林社長は話す。
果樹王国で知られる同県だが、畜産の規模は小さい。こうした中、特産のブドウを餌に活用し、地域が循環型農業へ連携するストーリー性と品質の良さ、赤身のおいしさで県産牛の知名度を高めたのが「甲州ワインビーフ」だ。手ごろな価格で生産者の顔の見える安全・安心な牛肉として、家庭用、贈答品としての地位を確立した。
地域の未利用資源生かし 酪農から肉用牛肥育へ経営転換
小林牧場が「甲州ワインビーフ」の取り組みを始めたのは、1986年ごろ。同牧場は酪農で創業したが、当時の代表で現会長の小林輝男さん(75)は大規模経営に向けて、肉用牛肥育専門農家への転換を模索していた。折しもガット・ウルグアイラウンドで牛肉輸入自由化交渉が始まり、畜産経営の将来は不安定な中だったが、自由化に伴う補助金も計算に入れ、89年に肥育農家に移行。91年には法人化した。
決断の背景にあったのが、地域の未利用資源のブドウかすを餌に使う、山梨県ならではのブランド交雑牛の構想だった。91年には、地域に呼び掛けて6戸の畜産農家と1団体で甲州ワインビーフ生産普及組合を立ち上げた。
県畜産試験場や山梨大学と協力し、収穫期にしか入手できないブドウかすを乳酸発酵させて、周年で使える飼料とする方法を研究。JA東日本くみあい飼料などと協力して飼料や飼育方法の工夫を重ねた。今は、黒毛和種の父とホルスタイン種の母から生まれた子牛に、生後6~17カ月の間、ブドウかす5~8%、おから10~15%、酒かす1%、飼料用米10~15%を配合した飼料を与える。
ブドウかすは年間約120tを使用。小林社長は「ブドウかすは抗酸化作用のあるポリフェノールなど機能性成分を多く含むので、子牛の健康増進の効果などを期待しています」と話す。牛はJA全農やまなしと協同し、(株)山梨食肉流通センターへ出荷している。
逆風の中、直売センターで地道に魅力伝え知名度向上
2000年には、飼育頭数1200頭に規模を拡大したが、ブランドの知名度はなかなか上がらなかった。牛海綿状脳症(BSE)や食肉偽装問題で畜産に逆風も吹いていた。
こうした中、ブランド普及に大きな役割を果たしたのが、直売センター「美郷(みきょう)」だ。市場で自社牧場の枝肉を仕入れ、店舗に備えた加工所でカットして販売。2002年に甲斐市に1号店を出店。生産、加工、販売の一貫経営で「安全・安心」をアピールし、顧客の開拓を狙った。
事業を主に担ったのが、当時25歳の小林社長だった。大学を卒業後、大手食品加工メーカーで営業職をしていたが、父の「直売センターを手伝ってほしい」の声に応えた。
ただ、営業の経験はあったが、小売りや店舗経営は初めて。取引先も一から開拓しなければならず、初年は大赤字だった。「甲州ワインビーフ」の特徴であるブドウかすを餌にしている点も、当初はイメージが悪かったという。「廃棄物を食べていることに難色を示されることもありました」と振り返る。
それでも、「味には自信がある。とにかく店を一生懸命やろう」と、地道に魅力を伝えた。甲斐市の小・中学校の給食へも提供し、店舗でのフェアなどを続けるうち、口コミでリピーターが増えていった。3年目には黒字を達成。小林社長は「直売所ブームや消費者の食の安全、環境への意識の高まりも追い風になった」と分析する。
1号店の成功を受け、甲府市、南アルプス市にも出店した。今は3店舗合計で年間7万人以上が来店。約5億円を売り上げ、肥育と並ぶ事業に成長した。
甲斐市の甲斐島上条店で加工長を務める佐野良太さん(35)は「お客さんに食べたい料理を聞いて、最適な部位の提案をするなど、積極的にコミュニケーションをしています」と店づくりの方針を話す。取材時に来店していた乙黒秋子さん(75)は開店以来の常連。「お肉だけはここで買う。店員さんや友達と会えるのも楽しみ」と笑顔だった。
枝肉を余すことなく活用するため、レトルトのカレーやシチューなどの加工品も開発。中でも、「甲州ワインビーフカレー」は、日本経済新聞のランキング企画で紹介されて人気商品となった。
知名度向上に伴い、一層の安全性確保へ、生産者情報公表JASの認定を受けた。また、牧場敷地内では農薬を使わず、人力とヤギで除草する。小林社長は「実際に生産者情報を検索する消費者は少ないでしょう。それでも安全・安心を求める声に応える姿勢を示すことが、ブランド価値につながると思います」と話す。
地域農家と協力して大規模堆肥センターを設立
現在は、「甲州ワインビーフ」1200頭と、黒毛和種「甲州牛」200頭を飼育する。規模拡大を支え、耕畜連携の要となるのが、地域の農家と協力して整えた2600m2の堆肥センターだ。自動で堆肥を攪拌(かくはん)する機械を備え、1日当たり40m3の堆肥を生産できる。小林社長は「牧場の規模は、ふんの処理能力で決まる。今年は牛舎と堆肥舎のどちらかを増やしたい」と展望する。
堆肥は40日間の高温発酵、30日間の2次発酵をさせて完成。軽トラックで運ぶバラ堆肥は300kg当たり1540円、袋入りは1袋15kg入り363円で販売し、地域で資源を循環させる。生産する堆肥は毎年すべて完売。農家だけでなく、コロナ禍を経て家庭菜園のリピーターも増えたという。
「牛ふん堆肥 育(そだつ)」
15kg入り 363円(税込)
※価格は2024年3月時点。
小林牧場で直接購入の場合
地域一丸となって県産ブランドを強化
小林社長の今後の目標は「甲州ワインビーフ」の生産者を県域に拡大し、絶対量を増やすこと、そして黒毛和種「甲州牛」のブランド強化だ。2022年4月には、甲州ワインビーフ生産普及組合と甲州牛出荷組合が合併した甲州牛・甲州ワインビーフ推進協議会に加盟。同協議会の副会長を務め、畜産農家の協力体制づくりを進める。
20~50代の若手農家で山梨県肥育牛研究会を結成し、県外への視察や、ユーチューブでのPR、センサーを使った「食味の見える化」の実験などを実施。地元小学校の見学を受け入れ食育授業にも協力する。JA東日本くみあい飼料山梨営業所の小松健二次長は「研修提案や銘柄牛のPR活動の中心となっている」と評価する。
「甲州牛」の飼料には、飼料用米や稲わらを餌に活用するなど、果樹農家だけでなく、水稲農家も参加する地域一体のブランド牛生産を構想する。「地域農業を盛り上げることが、ブランドを、ひいては山梨の畜産を守る」と小林社長。乳牛1頭から酪農を始めた祖父、肥育農家に移行して大規模化した父から受け継ぐパイオニア精神で、県産牛の未来を切り拓く。
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