三重県亀山市 上田畜産
県統一ブランド豚の生産、販促に力 消費者が求める肉質を探求
2024.07
豚が健康であることが肉をおいしくする――。こういったコンセプトを掲げ、2016年に三重県で県内統一ブランド豚「伊勢うまし豚」が誕生した。県産香酸かんきつ「新姫」の皮と、アマニ油、木酢酸、ビタミンEを配合した飼料を与えることで、肉の臭みが少なく、柔らかい肉質と甘味のある脂をつくる。生産拡大へ、県内4戸の生産者と県内の3JA、JA全農みえなどが三重県産銘柄豚普及協議会をつくり、株式会社JA全農みえミートが肉の直営店で消費者にアピール。協議会の会長を務める上田畜産の3代目・上田恭平さん(29)は、生産性と品質向上に奮闘しながら、知名度を高めようと販促活動にも尽力する。
上田畜産(Ueda chikusan)
代表:上田 正広さん
住所:〒519-0221 三重県亀山市辺法寺町1261
飼養頭数:1200頭(うち母豚130頭)
年間出荷頭数:2750頭
作業従事者:4人
脱サラして24歳で就農 3代目として農場守る
三重県の北中部、亀山市のJR亀山駅から車で約10分。上田畜産は西に標高1000m級の鈴鹿山脈の山々を望む亀山一本松畜産組合の団地内にあり、豚舎や分娩施設など五つの施設が並ぶ。農場では「伊勢うまし豚」を専門に育て、全量を地元のJA鈴鹿を通じてJA全農みえに出荷する。
豚は全農畜産サービス株式会社からハイコープF1を導入。「伊勢うまし豚」の専用飼料はJA全農くみあい飼料株式会社から仕入れ、出荷前の1カ月給与する。上田恭平さんは「伊勢うまし豚の飼料は豚の食いつきが良く、健康に育つ。肉はえぐみや臭みが少なく、とてもおいしくなる」と胸を張る。恭平さんは、農場の3代目で、今は飼養管理の大部分を担う。
上田畜産は、市内で豆腐店を営んでいた恭平さんの祖父・功さんが、おからの処理を兼ねて豚を飼ったのが始まりという。約40年前から現在の農場で養豚を営む。
恭平さんは、県内の建設資材の会社で営業職を経験した後、24歳の時に農場を継ぐ道を選んだ。社会に出た当初は営業の仕事が楽しく「休日には農場の手伝いをしていたが、継ぐつもりは全くなかった」という。転機になったのは、仕事で、親子経営をしている顧客と知り合ったことだった。生き生きと経営をする親子の姿を見て、事業を継ぐことの意義に気付いた。
本腰を入れて農場の仕事を始めたが、当初は生き物を扱う難しさ、豚の体調管理や飼料の手配など、考えることや気を付けることの多さに圧倒された。「手伝っていた作業は氷山の一角だったと思い知った」と振り返る。父・正広さんから仕事を教わり、他の農場に研修に出かけてがむしゃらに学んだ。折しも、豚熱の感染拡大やコロナ禍、ウクライナ情勢による飼料高騰などがあり、気を抜けない日々が続いたが、両親や従業員、JA鈴鹿、JA全農みえ、JA全農くみあい飼料株式会社の担当者の協力を得て乗り越えた。「おかげで少しずつ自信が付いて、農場の課題も見えてきた。時代に合わせて改善していきたい」と意気込む。
生産計画を改善 関係者と連携でチャレンジ
繁殖は、全て自然交配だったが、人工授精(AI)を導入した。「自然交配では受胎の好調と不調の波が大きいと感じていた」と恭平さん。JA鈴鹿に依頼し、群馬県にあるJA全農グループである株式会社畜産経営研究所の利根スワインセンターで研修を受けた。特に子豚期の状態管理に注目し、体が小さい豚をケアする。また、母豚の太りすぎを防ぐため、成長段階の初期にはカロリーが少なく、食物繊維を多く含み腸内の整腸と内臓自体の発育をよくするためにふすま混合飼料を与えるなど工夫した。2023年度の出荷成績は、上物率58.8%と上々だった。
今年からは、母豚の導入にかかる輸送回数を減らす取り組みを始めた。これまでは1年に4回、10頭を導入していたが、1年に1回、月齢を分けて40頭導入する形を目指す。JA全農くみあい飼料株式会社の杉本健太副主査は「綿密な生産計画が必要になり、管理は難しくなるが、生産者所得を向上させるためチャレンジを支えたい」と力を込める。
三重県産銘柄豚普及協議会の会長も務める恭平さん。会長として最も力を入れるのが「伊勢うまし豚」の消費拡大に向けた販売促進だ。「伊勢うまし豚」を扱うスーパーのマックスバリュとは、生産者、関係者が参加する交流会を定期的に開催。生産現場の情報を踏まえた店舗でのPRや、豚肉の出荷が減る夏場の売り場づくりなどで意見を交わす。また、コープみえが主催する消費者との交流イベント「商品・くらしの活動交流会」に自ら参加し、対面で試食体験を実施。恭平さんは「消費者と直接触れ合うことで、生産者に何が求められているかが分かるし、『おいしい』と言ってもらえるとモチベーションになる」と手応えを得ている。
恭平さんは営業職の経験も踏まえ、課題として知名度の向上をあげる。知人から「スーパーで見たことはあるが、買ったことはない」と言われたことがあった。恭平さんは「消費者の関心を高めて手に取ってもらい、おいしさを知ってもらうことが必要だ」と強調する。
美味(うま)し国、美味(うま)し肉――「伊勢うまし豚」
こだわりの飼料
肉の臭みを抑え柔らかい肉質と甘味のある脂をつくる
新姫(にいひめ)
三重県熊野市で発見されたかんきつ。酸味が強く、爽やかな香りが特徴。高血圧抑制、コレステロール低下、アトピー性皮膚炎などへの抗アレルギー作用があるとされる栄養素などを含む。「新姫」の乾燥した皮を餌にブレンドしている。
木酢酸
広葉樹皮を原料とする炭素粉末に木を炭化させたときに発生する煙を冷やしてつくる木酢液を混ぜたもの。木酢酸を豚に与えると肉質と脂質が良くなり、動物臭を抑える働きがある。
アマニ油
アマ(亜麻)の種子からとれる油で、体内ではつくることができない必須脂肪酸のひとつ、オメガ3脂肪酸の「α-リノレン酸」を多く含む。血中コレステロール低下、血栓予防や血流の改善に効果があるとされる。
三重県のブランド豚の経過
1980年代前半
「伊賀豚」「松阪豚」「鈴鹿高原豚」が誕生
2002年
「みえ豚」に統合、販売先の大規模化に対応
2016年
「伊勢うまし豚」を開発 。JA全農みえが商標登録
G7伊勢志摩サミットに合わせ、「健康」をキーワードにした
直売所で販売する豚肉は「伊勢うまし豚」だけ
日々の家庭の食卓に並ぶ豚肉を目指す
飼料に三重県らしさ 「お肉の直売所」でPR
三重県は、牛肉では全国有数の知名度を誇るブランド牛「松阪牛」を持ち、県内の畜産関係者はブランド化の付加価値の向上など、重要性を熟知する。豚肉でも早くからブランド化を目指し、1980年代前半には「伊賀豚」「松阪豚」「鈴鹿高原豚」が生まれた。販売先の大規模化に対応するため、ブランドを統合して2002年に「みえ豚」を立ち上げた。さらに特徴のあるブランドを目指し、16年のG7伊勢志摩サミットに合わせて「健康」をキーワードに開発したのが「伊勢うまし豚」だ。JA全農みえが商標登録。23年度の出荷頭数は1万2500頭だった。
飼料には三重県ならではとして、熊野市で発見された香酸かんきつ「新姫」の乾燥させた皮を使う。さらに、木酢酸、体内で作ることができない必須脂肪酸の一つであるオメガ3脂肪酸を多く含むアマニ油、肉の酸化防止にビタミンEを配合する。JA全農みえや県畜産研究所が協力し、食味の良さを実証した。ブランドの立ち上げに関わったJA全農みえミートの上野真吾常務は「新姫の皮やアマニ油は血中コレステロールや血流を改善し、木酢酸が肉の臭みを消す。脂肪の粘りと肉の保水力が増しておいしくなる」と説明する。
新生したブランドの浸透のため、18年にはJAグループの直営店としては全国でも珍しい肉専門の直売所「お肉の直売所」を松阪市にオープン。消費者との接点をつくり、まず県内の知名度を高める戦略を取った。店内で販売する豚肉は「伊勢うまし豚」だけ。6次産業化商品「伊勢うまし豚カレー」や、店内で揚げる総菜のコロッケも販売し、日々の家庭の食卓に選ばれる豚肉を目指す。オーダーカットへの対応など、消費者のニーズに応える店づくりと肉の質の良さでリピーターを獲得し、今は1日100人以上が来店する。取材時に市内から来店していた女性は「ここではいつも伊勢うまし豚を買う。味が良く、値段もお手頃なのでうれしい」と話した。店先には、県内の業者がブランドを前面に出して開発した餃子の自動販売機を設置し、人気だ。
「ラーメン店や居酒屋などへの利用が増え、知名度は確実に高まっている」と手ごたえをつかむ上野常務。「価格競争から生産者を守り、将来に向けて持続可能な養豚を確立するために、ブランドを育て、維持していかなければならない」と力を込める。
JA全農みえミート お肉の直売所
住所 〒515-2121 三重県松阪市市場庄町1164-1
TEL 0598-56-9512
営業時間 10:00~18:00
定休日 水曜日
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